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鶏が先かフィニッシャーが先か

鶏が先か、卵が先か。因果関係のどうどう巡りをあらわす哲学的なこの質問の答えにいまのところ正解はない。さて、フィニッシャーと鶏にどういう関係があるかとお訝りのあなた。そうです。ここでいうフィニッシャーはデジタル印刷機の末端につけて簡易な製本をする機器のことだが、この普及の結果か原因か、零細な製本屋が廃業していくという事実がある。
近所の小さな製本屋さんが廃業すると言ってきた。社長は私が入社したころにもうすでにかなりのお年だったから、今は相当な年齢でいらっしゃるのは確かだ。ただ、たちまち困るのである。印刷会社での伝票や封筒などの事務用印刷物は基本中の基本、減ったとはいえなくなりはしない。それに限らず、数ページの中綴じの社内報やPTA会報、さらにそれに伴う挨拶状や会費の振込用紙など様々な細かな印刷物が発生する。
こういった細かい印刷物にオフセット印刷機を使うことがなくなって久しい。たいていデジタル印刷機を使う。そしてそういった機械にはフィニッシャーが着いてくる。フィニッシャーはどんどん進化し、今やホッチキス留めどころか中綴じ機能や断裁機能までついている。紙も複数の給紙装置から自在に排出することができるから、表紙は厚いアート紙でカラー印刷、中身は薄い上質紙でモノクロ印刷を中綴じといった、ありがちな広報誌なんかは、データをデジタル機に送るだけで完成品がでてくる。
当然、小さな製本屋さんの需要は減る。今回のように廃業するところもでてくる。しかし、印刷会社としての思う因果は逆だ。小さな製本屋さんがなくなるから、こうしたフィニッシャーのついたデジタル機を導入せざるを得ないのだ。フィニッシャーが先か、製本屋の廃業が先か。
いずれにしても、フィニッシャーの普及は製本屋の領域をどんどん浸食していく。しかし、ここで問題がある。現在のフィニッシャーは製本屋の手作業ほど精密ではない。折もずれたり、三方裁ちに精度がでなかったりする。今までこうした問題はそんなに目立たなかった。もともとデジタル機のフィニッシャーにそこまでの精度を期待していなかったからだ。どうしても精度が必要なら、製本屋に頼めばいい。オフセットと製本屋、デジタル機とフィニッシャーそこには棲み分けがあった。
だが、もはや製本屋さんはなくなりつつある。少部数オフセットも先行きは長くない。とすると、すべての仕事をデジタル機とフィニッシャーで進めなくてはいけない。デジタル機の印刷品質は確かにあがった。もうオフセットと遜色ないレベルまで来ている。しかし、そのあとのフィニッシャーがまだ情けない。これはもうメーカーに努力してもらうしかない。デジタル機のメーカーには製本屋を窮地においやった責任がある。デジタル機業界はもうデジタル機とフィニッシャーの組み合わせしか選択肢がないということを自覚してもらいたい。難しいのは百も承知。しかし、どんな技術発展も従来より機能や精度が劣るのでは許されない。
30数年前、組版の電算化が進んだ頃、父に言われた。「技術の進歩は当然と思う。しかし、電算が活版より、品質が劣ったり、出力できる漢字が少ないのなら、それは進歩ではない。前にできたこと全てできて、なお新しい機能をつけ加えていかないと進歩とは言えない」

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