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2023年5月に作成された記事

代打 スマート老人の正体

全国の印刷業界で戦う皆様、そして、この『IoT奮闘記』をご愛読いただいている皆様、日頃父がお世話になっております。

今月の『IoT奮闘記』は、いつもの父に代わって、私、息子の中西明日輝がお付き合いいたします。家業の中西印刷に入社して一年目の私に「他業界から来て、感じたところを書いて見よ」との父つまり社長の厳命に逆らえるはずもなく、この度こうして紙幅をいただくこととなった次第です。せっかくの機会ですので、本日は”スマート老人”を自称する父とともに仕事をしていて、思ったことなどを書かせていただきます。
このコラムの著者というだけあって、父はIoTの力で業務効率化という話が大好きです。最近父が拘っているのが、PowerAutomateを用いた自動化です。これは比較的簡単な自動化ツールなのですが、簡単といえども、父ほどの年齢で使いこなしているのは珍しいといっていいでしょう。複雑なフローを組んで、自らの定型業務を自動化している父を見ていると「腐っても『IoT奮闘記』を著す親父だな」と感心いたします。
そんな風に、父のITリテラシを信頼していたある日、父は社長室に私を呼び出したのでした。内線で届いたその声は苛つきを帯び、なにかPCまわりで問題が発生したようです。あのIoT親父が困るとはどんな面倒なトラブルなのだろう? と恐れおののきつつ社長室に向かうと、父は私にこう言いました。

「Teams(電子会議用ツール)で顔が映らん」

ひどくとまどったことを覚えています。父のPCの画面を覗いてみると、その原因はなんのことはない、デバイスの設定ミスでした。RPAを使いこなす自慢の父ですが、どうやらTeamsの設定画面を開けなかったようなのです。

まさか。あのIoT親父が、と困惑していたのもつかの間、その後もそういった単純な設定画面の遷移で混乱する父に呼び出されることが続きました。父が、ありふれた設定画面を開けないことを知った私は、これはなにかあるぞ、と思うようになります。ある日、私は、その原因を確かめてみることとしました。

父を観察してわかったことは二点。一点目は、父が最近のアプリの「常識」に精通していないことでした。昨今ではUIデザインの研究が進んでおり、アプリの設計者は、研究され尽くしたUIデザインにもとづいて画面を設計しています。おかげで私たちはなんとなく画面をクリックしていけば、説明書を読まずとも目当ての画面にたどり着くことができます。

しかし父は、これがどうもわからないらしいのです。たしかに一昔前のソフトウェアには、洗練されたUIはありません。父が慣れ親しんだそれらには、デザインの文脈で画面を設計されたものは少なく、文字で書かれた説明書を読んで使うことを求められるものが多いのです。昔はソフトを使うとはプログラムを組むとほぼ同等でしたから、それが当たり前だったのでしょう。ところが、最近のアプリは説明書なんて読まれないことを見越して、説明書がないか、技術者向けの仕様書じみたものになっています。これが、父を混乱に陥れた原因のようです。

父を観察して気づいたもう一点は、父が自分の興味のあることしか調べないということでした。ド派手な自動化は大好きですが、細かなアプリの操作や設定方法を覚えるのはお嫌いのようです。これが”スマート老人”の正体だったとは?!

 

 

どこでもキャッシュレス

コロナが落ち着き、3年ぶりに海外旅行へ行って参りました。ドバイ経由でスコットランド。旅の話はいろいろあるが、この3年間で世界のIOT化はいよいよ進んでいた。まず日本始め出入国管理のパスポートの顔写真照合が人間ではなくてAIの顔認識の役目になっていた。退屈そうにスタンプを押していた係官は緊急時対応のわずかな人だけになり、スタンプもわざわざ言わないと押してもらえない。
 今回そして驚いたのはキャッシュレス化の徹底だ。実はイギリスに行くにあたって、いわゆる通貨両替は必要ないと言われていた。キャッシュはもう使う機会がないからというのだ。まさかなあと半信半疑だったが、本当だった。全く使わないのだ。むしろキャッシュが使えない。街角のバクパイプ吹きでさえ投げ銭ではなくクレジット決済端末を置いて演奏している。
 じゃあチップはどうするのかと当然思われるだろう。チップという習慣は非常にわずらわしいが、国によっては必須だ。イギリスでも以前行ったときはチップでいつも悩んでいた。これがチップ込みでクレジットカードで支払える。レストランでは決済端末にチップを何パーセントつけるか画面から選べるようになっている。これがしかもタッチ決済である。画面にかざすだけだ。機械に差し込んで、暗唱番号を打ってという手間がない。
 このクレジットのタッチ決済はどこでも普及していて、駐車場の駐車料金ぐらいならさもありなんだが、感心したのは、トイレである。日本ではあまりお目にかからないが、あちらの公衆トイレは有料の場合が多い。以前は小銭を取り立てる老婦人がトイレの入り口にいたものだが、これがいない。タッチ決済で入れてしまう。コイン投入口はなかったから、クレジットがなければトイレも使えないことになる。それも街中ではなく、辺境のめったに訪れる人もないような展望台のトイレでもそうなのだ。
 以前、行ったときは町ごとに交通系プリペイドカードが違い、いちいちキャッシュでカードを買っては結局使い切れないということがあったが、今やどこへ行ってもクレジットタッチで乗れる。逆に日本に来た観光客がクレジットタッチで地下鉄に乗れなかったりしたら戸惑うだろう。日本がIOT後進国であることを世界中に宣言しているようなものだ。
 というわけで、クレジットタッチで何でもすました結果、今になって円安下のクレジット請求に悲鳴をあげている次第。もちろん辺境のトイレの50ペンスもしっかり決済されていました。 

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今こそ原色版

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当社が創業157年というのは何度かお伝えしている通り。従って、歴史的遺物もずいぶん残っている。ただ、倉庫に積み上げられていて、具体的に何があるかはよくわかっていなかった。それを今全部ひっぱりだして何があるか調べている。こういうことに興味がわきだしたのはそれだけ年を取ったということでもあるのだろう。木版や活版関係の古い資料など、かなり面白いし、あらたに当社の一号電算写植機を永久保存物にしたりしている。
中でもここで紹介したいのは、この銅版4枚だ。1967年の選挙公報にくるまれていた銅版はなぜか柄が同じ。同じ版を4枚作ったのかなと思っていたが、4という数字に印刷会社の経営者はピンときた。カラーだ。凸版印刷でカラー印刷を行ったいわゆる原色版だったのだ。その目で見直すと、それぞれは一度は使ったものらしく、一枚ずつ微妙に色がついて、青っぽかったり、赤っぽかったりする。決定的なのは裏にそれぞれマジックでアカ・キ・スミ・アイと書いてあったことだ。
私が入社した1985年はまだ活版が現役だった。ただ当時すでに原色版を刷ることはなかった。1980年代といえば、カラーはスキャナ分解で4色オフセット印刷するのが当然であり、もう今とほとんど変わらない水準のカラー印刷ができるようになっていた。ただ当時はまだフィルムをふりまわして、職人技で修正していたものだ。
今、印刷前半、プリプレスに手作業はまったくなくなった。まったくである。カラー写真はデジカメのデータがそのままやってきてスキャナすらない。あとは何台かのコンピュータを経てオフセットならCTP出力、デジタル機ならそのまま最終商品として紙が出力される。当然、同じ機械なら同じ品質の物が出る。会社間で差はつかない。
そんな折、印刷工業組合の若手が原色版に挑戦したいと言ってきた。なにを今更と思うが、聞くと、差別化志向なのだ。もはやオフセットで差はつかない。いきおい値段と納期の勝負になって現場は疲弊するばかりなのだ。ならばここであえて原色版でひと味違う印刷を売り込みたいということのようだ。そういえば一部では活版の名刺を作るのが流行っているとも聞いた。
そういうノスタルジー志向は産業じゃないとは思うが、デジタルでは会社間で差別化が難しいという若手の気持ちも理解できる。一周まわって結局原色版かと思うが、案外正解かもなとも思う。写真ができて肖像画の役割がかわり印象派に突入したように、あらたな印刷需要をうみだすかもしれない。

高速道路地図廃止反対

 高速道路のSAによると必ずもらうものがある。路線やSAPA情報の載った地図である。これは少なくとも私が免許を取ったころからすでにあり、重宝してきた。この地図でSAPAの位置を調べるだけでなく、ドライブ計画を立てたり、未開通路線や計画路線の点線を見て、高速道路整備状況を知ったり、使い方は無限だった。
 ところがいつものようにこれをもらおうと、SAのインフォメーションコーナーに立ち寄ったら、「申し訳ありません。配布は中止になりました」と言うではないか。かわりにSAPAの情報を載せたスマホアプリがありますからと、QRコードを紹介された。まあ、私は印刷業界の中では電子書籍やアプリ化については好意的な方だし、これも時代かなと思って、このアプリをインストールすることにした。
 立ち上げてみて、あきれた。まるで使い物にならない。なにを考えてこれをアプリ化しようとしたのだろうか。今まで、新聞紙を拡げたくらいの大きさの地図だったわけで、これをスマホの小さい画面で見えるわけがない。確かに小さい日本地図がでて、目に見えないような細かい字でSAの名称が書いてあるのがわかる。少しピンチアウトして大きくはできるが、今度は地図範囲が狭すぎて使い物にならない。
 地図は大きいからこそ全体像を見ることができて意味があるのだ。それをスマホで見ろというのはなにか根本的に地図の用途を勘違いしているとしか思えない。あるいは地図としての用途を否定し、単にSAPAの設備や販売品状況検索サイトにしたいのだろうか。
 こう考えてみると、スマホの限界がわかる。スマホの画面は致命的に小さい。即座に単純な情報を得ること、たとえば乗り換え情報やニュース速報などには確かに便利だし、SNSなんていうのはスマホがあって初めて発達したメディアだ。だが、地図というような大きな面積が要るものには不向きだ。
 もちろん、タブレットやPCならばもう少し広い画面が得られるが、いちいちそのためだけにPCやタブレットを自動車に常備するだろうか。もちろん次の世代の電気自動車では、ダッシュボードに超巨大な画面が据えられるというようなデザインが多いので、そうなればあるいは意味があるかもしれない。ただ、そういう自動車が主流になるにはまだ10年や20年はかかるだろう。それまでスマホで地図を見ろというのは勘弁して欲しい。
 結論、ここは紙版の地図配布を復活してもらわねばならない。時代があまりに尚早である。印刷会社的に言えば、この紙版の廃止で相当印刷需要が減ったはずだ。しかし、これは必要なものなのだ。確かに、団体バスの乗客がそれぞれ一枚づつ持って行くなど、無駄な使い方はされてきたし、今回の配布中止も省資源を理由にあげてはいる。だが、あれほど不便なスマホアプリを代替にするなどというのは納得できるものではない。
 スマホは便利だし、情報媒体として紙から電子へは必然的な流れではある。しかしやはり適材適所だ。スマホで代替するのならそれなりに代替となりうるよく考慮されたアプリを提供すべきだろう。
 今回ばかりは、紙の印刷の勝ち。早速、紙地図復活の要望をサイトからあげておきました。なお、この配布中止はいまのところNEXCO中日本だけで、東日本・西日本は配布を続けるようです。

AIカラー化その後

一昨年、AIカラー化についてご紹介した。なかなかすごい技術ではあるが、まだまだ岩を灌木と間違えたり、人の顔の認識が甘くて、集合写真なんかでは何人かは灰色の顔のままだったりした。あとで画像ソフトで修正を加えないと使い物にならず、すくなとくも商売で使える技術ではなかった。
ところがである。京都府印刷工業組合が130周年を迎えるに当たって、古いモノクロ写真のカラー化を提案して実行してみたのだが、これが大変出来がいいのだ。2年前(正確には1年半前)初めて試みた頃は、人の顔は顔認識の実績があるためかそこそこカラー化しても自然だが、顔の見えないモノクロ写真はまず無理だった。今回は全員が後ろ向きで顔がなくてもカラー化でき、服も、以前はみんな珍妙な青色になっていたのが、今回は赤は赤で再現されるようになっている。
もしかして、これはこの1年半で急速に改善されたのではと思って、当時カラー化を試みたものと、最近のアプリでカラー化したものを比べたら、やはり段違いに自然で綺麗な仕上がりとなっている。下に実例をあげる。左端が元々のモノクロ写真である。1957年の春。真ん中の赤ん坊が私で、桜の下、父と母に抱かれている。私がとても気に入っている写真だ。真ん中が一昨年試みたときの写真。確かにカラーになっているが、桜の花は白く表現されていて、芝生も鮮やかさが足りない。私も顔半分が灰色のままだ。これを画像ソフトで色を足してそれらしくしたが、やはり不自然さは否めなかった。
ところが、新しいアプリでこれを試みたら、一発で右端のような仕上がりになった。桜の淡いピンク、芝生の緑、母の服の赤っぽい模様。そしてなにより顔色が自然だ。単純に彩度をあげただけではこうは仕上がらない。たったの1年半でとんでもない進化だ。
どうやらAIの世界は唸りをあげて改善が進んでいる。人の画像を若造りにするアプリとか、性転換させるアプリ。はてはボケた写真をシャープにするものまで登場している。
2045年、AIが人間の能力をうわまわるシンギュラリティが来ると言われているが、どうやら本当にそうなりそうだ。

 

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名刺とOCR

名刺印刷は印刷会社の基本と言われる。新しい得意先を獲得するのに「名刺1枚でもいいですからやらせてください」と新規獲得のためにかけまわるのが営業の基本だと古参社員から言われたものだ。その名刺もIT化の進展する中、携帯電話同士で個人情報データを交換する時代となれば、早晩なくなると言われものだが、なかなかそうならない。もちろんSNSでのビジネス交流も増えているのだが、やはり初対面のときにはまず名刺交換から始まる。一向に変わらない。
私のような、会社の代表ともなると、年間にいただく名刺の量は半端ではない。だからかなり以前から名刺管理ソフトは必須だった。初期はEXCELにいちいち入力していたが、10年ほど前、専用スキャナで読み取ってデータベースにしてくれるソフトが登場して、早速にとびついた。
もちろん、画像認識してテキスト化する、いわゆるOCRなのだが、当時は読み間違いも多かった。特に印刷会社の社員名刺はOCRでは判読が難しかった。印刷会社の社員の名刺は自社名刺の商品見本ともなっているわけで、デザインや書体に妙に凝っているからだ。
結局読み取れなかった名刺はあとでデータベースを開いて手動で修正するしかない。この修正が結構めんどうだし、スキャナにトラブルが多かったが、他のソフトに乗り換えると今までのデータ資産が使えなくなるので、バージョンアップを繰り返しつつ長年使ってきた。名刺をデータベースにしておいてくれる利便性には変えられない
しかしAIも発達しているご時世、もうすこし読み取り精度があがっていないかと探してみたら、思惑どおり、最近の名刺ソフトは長足の進歩をとげていた。専用スキャナなんか使わなくても、複合機に適当に並べるだけで、枚数分読み取ってくれる。しかも少々ゆがんで置いても問題ない。OCRの読み取り精度たるや比べものにならない。ほとんど一発でテキスト変換してくるし、疑わしいものは、ソフト側からあっているかどうか尋ねてくる。以前のものが間違っていようがいまいが、おかまいなしにデジタル化したのとは大変な違いだ。
自動で作成されるデータベースも機能が充分で、他のソフトとの相性もいい。会社中で統一して使えば、名刺を共通管理できるし、同姓同名の人の所属が変わったりすると、自動的に所属を最新のものに修正までしてくれる。AIの時代だから、進歩はしているだろうと思っていたが、予想以上である。
OCRがうまく機能すれば、印刷物の利用は新しい段階になるとは何十年も前から言われてきた。印刷物とデジタルデータが相互に変換し合えるからだ。デジタルから印刷物はいまや完全に情報が変換できる。ただし、印刷物からデジタルへは簡単に変換できなかった。だからこそ、QRコードのような印刷物をデジタルへとつなぐ仕掛けが必要だった。QRコードは一手間多いし、デザイン上の制約でもあり、印刷物にとっては邪魔でしかない。これが今回の名刺ソフトのようにOCRが発達すれば、普通に人間の読む印刷物が普通にデジタル化してコンピュータにはいってくることになる。
こうなれば印刷物は大きなデジタルネットワークの中にシームレスにつながることになる。これは大きい。名刺から印刷物にあらたな地平がやってくる。

鶏が先かフィニッシャーが先か

鶏が先か、卵が先か。因果関係のどうどう巡りをあらわす哲学的なこの質問の答えにいまのところ正解はない。さて、フィニッシャーと鶏にどういう関係があるかとお訝りのあなた。そうです。ここでいうフィニッシャーはデジタル印刷機の末端につけて簡易な製本をする機器のことだが、この普及の結果か原因か、零細な製本屋が廃業していくという事実がある。
近所の小さな製本屋さんが廃業すると言ってきた。社長は私が入社したころにもうすでにかなりのお年だったから、今は相当な年齢でいらっしゃるのは確かだ。ただ、たちまち困るのである。印刷会社での伝票や封筒などの事務用印刷物は基本中の基本、減ったとはいえなくなりはしない。それに限らず、数ページの中綴じの社内報やPTA会報、さらにそれに伴う挨拶状や会費の振込用紙など様々な細かな印刷物が発生する。
こういった細かい印刷物にオフセット印刷機を使うことがなくなって久しい。たいていデジタル印刷機を使う。そしてそういった機械にはフィニッシャーが着いてくる。フィニッシャーはどんどん進化し、今やホッチキス留めどころか中綴じ機能や断裁機能までついている。紙も複数の給紙装置から自在に排出することができるから、表紙は厚いアート紙でカラー印刷、中身は薄い上質紙でモノクロ印刷を中綴じといった、ありがちな広報誌なんかは、データをデジタル機に送るだけで完成品がでてくる。
当然、小さな製本屋さんの需要は減る。今回のように廃業するところもでてくる。しかし、印刷会社としての思う因果は逆だ。小さな製本屋さんがなくなるから、こうしたフィニッシャーのついたデジタル機を導入せざるを得ないのだ。フィニッシャーが先か、製本屋の廃業が先か。
いずれにしても、フィニッシャーの普及は製本屋の領域をどんどん浸食していく。しかし、ここで問題がある。現在のフィニッシャーは製本屋の手作業ほど精密ではない。折もずれたり、三方裁ちに精度がでなかったりする。今までこうした問題はそんなに目立たなかった。もともとデジタル機のフィニッシャーにそこまでの精度を期待していなかったからだ。どうしても精度が必要なら、製本屋に頼めばいい。オフセットと製本屋、デジタル機とフィニッシャーそこには棲み分けがあった。
だが、もはや製本屋さんはなくなりつつある。少部数オフセットも先行きは長くない。とすると、すべての仕事をデジタル機とフィニッシャーで進めなくてはいけない。デジタル機の印刷品質は確かにあがった。もうオフセットと遜色ないレベルまで来ている。しかし、そのあとのフィニッシャーがまだ情けない。これはもうメーカーに努力してもらうしかない。デジタル機のメーカーには製本屋を窮地においやった責任がある。デジタル機業界はもうデジタル機とフィニッシャーの組み合わせしか選択肢がないということを自覚してもらいたい。難しいのは百も承知。しかし、どんな技術発展も従来より機能や精度が劣るのでは許されない。
30数年前、組版の電算化が進んだ頃、父に言われた。「技術の進歩は当然と思う。しかし、電算が活版より、品質が劣ったり、出力できる漢字が少ないのなら、それは進歩ではない。前にできたこと全てできて、なお新しい機能をつけ加えていかないと進歩とは言えない」

AIでカラー化

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AI(人工知能)がブームになっている。しかし、中小印刷業の世界ではAIを使った仕事なんていうのは、まだ遠い話だと思っていた。ところが、最近、戦前・戦中のモノクロ写真をAIで色づけすることで、戦前・戦中を現実に近づけるという試みが話題になっている。実際、そうした試みを本にしたものも出版されていて、見事に色が蘇っているのに感心したものだ。これはやってみる他ない。
実はこのカラー化については、無料でモノクロ写真を変換するサイトがあり、そこでカラー化を実験することができる。一度ためしにやってみようと、https://colourise.sg/というサイトを使ってみた。驚いた。この下に写真をあげておいたが、あまりに見事にカラー化しているのだ。この写真は60年前の私どもの親戚の寄り合いを撮ったもの、私は、前列で女の子に頭を押さえられている子である。もちろん、当時のことだからモノクロ写真しかない。これを1回ソフトに通すだけで、色鮮やかな世界が蘇った。ご覧になれば一目瞭然、本当に最近撮ったと言われてもなにもおかしくない。モノクロ写真はカラー写真と比べて隔絶した古い時代のように思えるのが、カラー化するとまったなくなっている。こんなソフトが無料で提供されているのだから、おそれいる。
カラーからモノクロへは簡単に変換できるが、その逆は至難だ。色を足すわけだから、どの色を足すかはいちいち判断しなければならない。実は以前、昔のモノクロ写真をPhotoshopでカラーバランスを調整しながら、カラー化したことがある。めちゃくちゃに手間暇がかかったし、仕上がりもなにか平板で不自然なものとなった。労力の割に成果が少なく、モノクロのカラー化は1回やっただけであきらめてしまった。
ところが、AIは大したものだ。見事にモノクロ写真を見てきたようにカラー化してくれる。
AIカラー化の基本は人の顔であるようだ。人の顔は肌色に再現すればまず間違いない。そのためにはAIは顔を認識する必要があるが、顔認識は、けっこう古くからある技術なのだ。デジカメにも顔を自動判別するような機能は以前から搭載されている。それでまず顔を肌色に塗る。あとは近くの腕や足などを同じく肌色にして、木や草は特徴的なパターンがあるから緑にすればいい。
AIが苦手なのは服の色のようだ。こればっかりはどんな色でもありうるから、結局AI任せでは色は再現できない。どうもこのソフトでは何でも青にしてしまうようだ。青の服は一番無難で多いからだろう。あと、子供の足が認識されなかったり、岩を灌木と認識したのか緑に塗られたりと間違いもあるが、それぐらいのミスがかわいいぐらいだ。Photoshopで少し修正すれば、まったく自然にしあがる。ここの写真は修正後だが、修正前でもそういう目でみなければほとんど気がつかない程度であることはおことわりしておく。
まあ大変な時代に突入した。AIはまだまだ改良されていくだろうし、うまく使えば新時代の飯の種になるのは確実だろう。 

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