デジタルで木版発見
私の経営する中西印刷は明治の非常に早い時期に京都の地に活版印刷を導入し、その後活版印刷の会社として百年以上の歴史がある。この件については、本誌の印刷史関係の記事でも何度か紹介していただいている。
実はさらに活版以前に、木版の時代があったというのが口伝としてあった。しかし、その証拠となる木版時代の本というのはこれまで発見されていなかった。木版・活版・平版・デジタルという4つの印刷形式を駆け抜けた会社という当社のキャッチフレーズには実のところ証拠がなかったのだ。
そのことを気にして、亡くなった伯父は京都中の古本屋から明治初期の書籍をかたっぱしから取りよせて、中西製木版本を探したが、結局、亡くなるまでに中西製木版本を発見することはなかった。
ところが木版による出版物が発見できたのである。それも国立国会図書館デジタルコレクションでなのだ。
国立国会図書館デジタルコレクションは書籍の全ページの画像を専用デジタルカメラで撮影し、データベースとして公開しているものである。実は、十年ほど前このデジタルコレクションの前身近代デジタルライブラリについて、当社に照会がきたことがある。著作権関係の確認だった。百年以上前に発行された本の出版社にいちいち著作権照会をおこなっていたわけで、当時、その誠意あふれる姿勢に感心したものだ。実際、近代デジタルライブラリでもっとも苦労したのはこの著作権照会だったという。
閑話休題。そういう照会があったので、近代デジタルライブラリが公開になった頃には当社の古い屋号で検索をかけ、何冊かの掲載があることの確認はしていた。でもほとんどは明治期の活版印刷で当時の活版事情を知るには役に立ったが、当社としてはそれが宣伝材料になるわけでもなく、まさにこのコラムの題名のごとくITに奮闘していた私はそのまま存在すら忘れていた。
先日、当社に保存している「産業遺産」である活版設備の見学をしたいという依頼があり、当社に研究者の方々がお見えになることになった。そこでなにか明治期のよい活版資料がないかと思いあたって探したのが、国立国会図書館デジタルコレクションだった。それで古い屋号で検索をかけ適当な物を見つけた。「日本畧史字解」。辞書のようなものだということは推察できた。明治10年刊行。これはもっとも古い活版資料かもしれないという期待をもってファイルを開けてみた。
「ん?」
活版にしては字に統一性がない。しかも当時としても字が太い。これはもしや木版では。明治10年という時期も符合する。最後のページまで繰ってみたが、罫線が途切れていない事や字列が不揃いであったり、間違いなく木版である。
そして最後の奥付のページまで繰っていった。そこには「出版人 中西佐登」とあった。あまりご先祖として聞いたことがない人だったが、系図を見ると、どうやら創業者「嘉助」の娘であるらしい。どうして娘の名を出版人にしたのかはわからないが、住所表記に「嘉助同居」とあり、確定。
中西印刷に木版時代は確かにあった。
国立国会図書館デジタルコレクションにあるということは、以前から国立国会図書館にあったことになる。伯父はそのことを知らず、古本屋をあたっていた。伯父の世代では図書館で発見するという発想がなかったのだろう。
木版とデジタルがこうしてつながった。国会図書館デジタルコレクションは昨年の発足である。そして今、各地に古文書のデジタルアーカイブができている。もう研究のために図書館の貴重本を拝み倒して借りる時代ではなく、デジタルでいくらでも参照できる時代になった。素人の私にして、すぐに調べられたわけだから、これからは出版史・印刷史の大発見があいつぐことだろう。
本件NDL資料のため、DOIが扶養されています。
https://doi.org/10.11501/771219
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