展示会のコンベンショナル印刷
私が初めて印刷の展示会というものにでかけたのは1969年だった。もう50年も前だ。もちろん子供の頃である。印刷会社の経営者であった父が、なにを思ったか突然私を東京まで連れていってくれたのだった。当時の会場は晴海だったように思う。そのころ、父の会社、つまり今は私が経営する会社は活版専業だった。活版こそ、印刷の王道と信じて疑わない父は活版の新しい機械を探しに行っていたのだ。ところが1969年に活版の機械はほとんどなく、平版関係の機材ばかりだった。父は私に聞いた。「これから印刷はどうなると思う」、私は機構などわからないまま「平版になる」と答えたように思う。
展示会の趨勢は5年後10年後、全国の工場の趨勢になる。もちろん、あだ花のように、展示会場でだけ咲く機械もあるが、各社が競うように同じ機構の機械を競うなら、それが将来は主流になる。
では今後はどうなのか。IGASを見る限りもうデジタルであるとしか言いようがない。もうこれに異議をとなえる人はないだろう。デジタルはありとあらゆるメーカーから、さまざまな製品が開発され、まさに百花繚乱というか百家争鳴というか。以前デジタル印刷は、長短納期、少部数印刷や1枚ずつ違うものを刷るワンツーワンといった特殊用途の印刷用と思われていたが、今や高級美術印刷といった領域にも適用を広げている。軟包装材といった分野にも進出が著しい。
ではコンベンショナル印刷はどうだろうか。ここで言うコンベンショナル印刷は凸版もオフセットもグラビアもデジタル以前の版式はもうコンベンショナル(伝統的な・従来の)でひとまとめにしてしまう。コンベンショナル印刷という言葉、去年初めて聞いたときには、ずいぶん過激な表現だなと思っていたが、今やメーカーは普通に使うようになってしまった。
コンベンショナルとひとくくりにするのは、実はもうひとつ理由があって、もう版式や印刷機構が何であるかというのは市場の関心ではないのだ。IGASの主役はおそらく、デジタルかコンベンショナルかの対立ですらなく、スマートファクトリーの実現。要は自動化だ。つまりIGASの関心は印刷そのものの技術より、それをとりまく総合的な工場運用技術の方に移っている。
ちょっと前までは、自動化印刷工場というとデジタル印刷機の独壇場と思われていた。デジタル印刷機はデジタル機器そのものであり、コンピュータのプリンタで培われた自動化技術が多々使われている。いざスマートファクトリーを運用するとなるとデジタル印刷機が有利なのは間違いない。
しかし各社が提案するように、コンベンショナル印刷も工場という複雑なシステムの中に組み込まれる時代になっている。これは意外に正解かもしれない。スマートファクトリーに完全に組み込まれたコンベンショナル印刷ということになると、これは強い。まだまだコンベンショナルの優れた品質やスピードなどが、スマートファクトリーの中に組み込まれれば、また新たな価値を生み出すことになる。あるいは短納期少部数といったデジタル機の領分を自動化の行き届いたコンベンショナル印刷機が脅かすといった逆転現象を起こすかもしれない。
50年後、歴史はこの時代の印刷技術をどう記述するだろうか。50年前父はオフセットに結局目もくれず、活版機を買ったのだが。
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