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魔法の社長

 私事ですが、実は社長になりました。このコラムの題名が「若旦那奮闘記」であったのは本当に「若旦那」だったからだけれど、コンピュータ印刷技術を使って業界で暴れる「若手」という意味をこめていた。50歳を迎えたとき、「さすがにもはや若旦那でもないだろう」と現在の題名「元若旦那のIT奮闘記」という名前にしてもらった。このいささか生煮えな名前で、それからさらに10年、やっと本当の「旦那」になりました。ただ、「若旦那」という名称は、私のトレードマークになっていて、とりあえず、この題名であと1年は続きます。

 振り返ると、30歳前後で電算写植というものとともに、印刷業界に忽然とあらわれた私も含めたコンピュータ使い達も、もう60歳になったわけだ。我々の世代、けっこうコンピュータには苦労した。初期にはプログラムを書かないと使えなかったし、ありとあらゆるトラブルも経験させていただいた。だから、結構コンピュータのハードにもソフトにも詳しいのだ。たとえばSEDとかAWKといったソフトを使って文字情報処理をやっていたのだが、もう今はこんなことが出来る人も多くないだろう。当時、コンピュータに数値処理だけではなくて、文字処理を行わせることができるようになって、さまざまな文字列変換を一気に行って、原稿中の漢数字を一気に英数字に置き換えたり、旧漢字を新漢字に統一などという処理が一瞬でできた。活版や手動写植しか知らない上の世代に良くいわれたものだ。

「まるで魔法の様だね」

 そう言われると得意気に鼻をうごかしていたのを思い出す。コンピュータ使いは知らない人から見ればまさに魔法使いなのだ。でも、当時はそれなりに、数学や情報理論を勉強したからこそ使える魔法だった。つまりコンピュータという魔法を使うには修行が必要だったのだ。

 そう考えると、今のスマホなどというのは魔法の「よう」ではなくて、魔法そのものではないか。タッチパネルをたたくだけで、いや、いよいよ音声認識機能が実用になってきたから、スマホに語りかけるだけで、なんでも言うことを聞き、おのぞみのまま、音楽を奏でたり、調べ物をしてくれたり、電話をかけてくれたりする。まるでアラジンと魔法のランプだ。

 そういえば、ほんの十数年前のハリーポッターの映画では本の中の図が動きだすという場面があったが、これは魔法としてだった。だが今や、電子書籍の中で動画が表示されるなどというのは、別に珍しくもない。
 こうなるとハイテクなのか、魔法なのか区別をつけることがおかしいのかもしれない。なまじコンピュータの原理なんて知らなくても、動かすための呪文さえ知っていればいい。それは魔法であろうとコンピュータであろうと使う分にはおなじだ。

 ただ苦しいのは、みんなが魔法を使えると、魔法を使うこと自体は付加価値でもなんでもありゃしない。みんながコンピュータを使えると、コンピュータを使うこと自体は付加価値でも何でもありゃしないのと同じく。

 でも、付加価値がないからしょうがないと居直っている場合じゃないよ。社長さん。魔法は使えるのはもう解っているんだから、その魔法を使ってあらたな付加価値をのせればいい。ツイッターもfacebookも別に新しい魔法を作ったわけではない。コンピュータネットワークという人と人をつなぐ魔法を使って、ソーシャルネットワークサービスという新しい付加価値を創造したわけだ。それが魔法のように金を産んだ。

 今は社員はみんな魔法使い。それを無駄に使うか、あらたな付加価値を生みだせるか。それだけは社長の力量であって魔法ではない。コンピュータという魔法はあくまで道具。それで何を作るかは社長次第。わかってはいるけれど、ポケモンGOみたいな新製品を作る魔法を特別にだれか伝授してくれないかね。

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