電子メールの崩壊
電子メールというものを使い出して、もはや30年近くになる。ワープロの登場で手書きという習慣をなくしていた私にとって、入力したものをプリントせずにそのまま送れる電子メールは便利この上ないものだった。最初は使っている人がごくすくなく、一般的な連絡には使えなかったが、インターネットの時代になって、あっというまに普及した。誰もがビジネスでもプライベートでもなんらかのメイルアドレスをもつようになった2000年以後、たいていの連絡は電子メイルですむようになった。その上、添付ファイルという便利なものができて写真までも電子で送れるようになった。当初は回線速度が遅く、ファイルサイズの大きい写真など送られると迷惑したが、ADSLとか光回線とかが普及して、気にもならなくなった。このコラムの原稿も当初から電子メールで送稿し続けている。だが、ついに電子メールが崩壊しつつある。
まずは、大量に入ってくる宣伝メールやメ-ルマガジンの類い。これをさばき切れない。重要なメールが宣伝メールの中に埋もれてしまう。インターネットで物を買ったり、情報を得たりすると、メールアドレスを書かされるのだが、それがいつのまにか百倍に増殖して宣伝メールとして襲いかかってくる。なんとか「配信停止」をしようと、配信元のサイトにアクセスしてもうまく停止できない。それどころかまた別のメールマガジンの配信の登録をしてしまったりする。宣伝メールの中から、必要なメールを探し出すために、フィルタリングなどのメールソフトの機能を使いこなす必要があるが、これがなかなか一筋縄ではいかない。それに設定するのも面倒だ。
もっと、こわいのはウィルスメールに詐欺メール。最近では、非常に巧妙な物が増えて、ちょっと見たぐらいではウィルスや詐欺とは気がつかない。気がつかずにウィルスに感染したりすると大変なことになるのはもう周知の事実だ。結局、「なるべく添付メールは開かないようにしましょう」などという通達がまわってくることになる。これで
は、せっかくの便利な機能も意味がない。
その上、やっかいなのはSNSの隆盛によって、特に若い人が紙の手紙(メール)どころか電子メールをまともに使えなくなってきていることだ。とにかく彼らは要件を細切れにして、次々送ってくる。そして、すぐに返事を書かないと怒る。そうLINEやメッセンジャーのごとく。
手紙の場合、なんどもやりとりするわけにはいかないから、時効の挨拶からはじまり、要件はいくつかにまとめて一通の手紙でだした。受け取るほうも何日か後にまとめて返事する。当初の電子メールはまさにこの手紙の機能をなぞっていた。見るのもデスクトップパソコンにたどりつける1日1回であればいい方、場合によっては一週間に1回ということすらあったが、「手紙」なので気にもならなかった。まさに電子だが、メールだった。
今は、常時ネットにつながっているのが前提だから、デジタルネイティブの若者は要件を思いついたときに細切れにメールを送ってくる。そして読まれたらただちに返事を送り返さねばならない。おそらく彼らにとって、電子メールとはもはやメール(手紙)ではない。数あるSNSの中の使いにくい危険なツールでしかない。というより連絡にはSNSを使うことが前提となってきている。
はっきり言おう、もう電子メールはよほどコンピュータに慣れた人でないと使いこなせなくなった。大量の広告メールの山から必要なメールをとりだし、決してウィルスなどにかからず、SNS感覚のコミュニケーションツールとして使いこなす。これは相当のITスキルがいる。それができないなら、もう電子メールは使えない、というより役に立たない。
ICT社会、我々はどこへ向かおうとしているのかという問いをまた発する日々。
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