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試験問題に使われました

 見慣れないところから郵便物が届いた。あけると某大学の学長名でこんなことが書いてあった。「このたび本学2016年度入学試験におきまして、下記著作物を使用させていただきました。

『我、電子書籍の抵抗勢力たらんと欲す』」

この本は、2010年発売。このコラムをまとめたものである。つまりはこのコラム自体が入試問題に採用されたのだった。使われたのは2007年の「活版を知らない子供たち」と2009年の「電子式年遷宮のすすめ」の2本である。こうして採用されてみると、なにか他のコラムより出来がいいような気もしてくるのが不思議なところ。印刷・出版関係の本というのは本に埋もれて暮らしている大学の文系の先生にとっては身近なので、手にとっていただいていたのだろう。それがめぐりめぐって入試問題になったということなのだ。

「活版を知らない子供たち」は、活版を知らない新入社員が増えたことを嘆き、インターネットの時代だからこそ、ずしりと重い活字が文化を支えてきたことと、我々印刷業者はその末裔であることを誇るべきだという主張である。

 そして「電子式年遷宮」の方は、結構あちこちで引用いただいている私の造語だ。電子データは大量に複製されて、容易に拡散するけれど、長期保存にはハードやOSの進化が速すぎて向かない。だから、時代時代に適したかたちにデータを移し替えておく必要がある。あたかも神社が何年かに一度、お社を全部建て替えて、神様を移っていただくように。

 試験問題は2つのコラムを読ませ、それについての設問という形式になっている。どちらか一方が問題になっているのではない。

 これが正直難しいのである。筆者みずからが自分の文章についての問題が解けないという変な状況に陥ってし
まった。特に最終問はお手上げだった。長くなるけれど引用する。

[この2つのエッセイは、どちらも傍線部a「この台詞、電算写植だDTPだと、盛んに旗をふっていた20年前の私にプレゼントしたいなあ」と、傍線部b「『だからやっぱり印刷だよ』という結論にしたいところだが、マルチメディアコンテンツをどうやって紙に保存するかという問題に降参だな」のようにややくだけた調子で終わっているが、ここに共通している著者の姿勢を最も端的に表している一文を抜き出しなさい。]

 わからん。本当にわからん。私のこのコラムは、オチをつけようと思うので、割と最後がおちゃらけた感じで終えることが多い。でもそれはどういう心理の結果なんだろうかと問われても、困惑するばかり。

 前者は活版をほめて、そして最後に、電算化の過激派だった私が、変節したことを自分で皮肉っている。後者は、電子の世界にはいろいろと面倒なことが多いから紙の方がいいという結論にしたいが、それでも、やはり電子にはかなわないと嘆いて見せる。そこまではいい、ここに共通する著者つまり私の姿勢とはなんだ。そして、それを一番よくあらわしている一文というとどれなんだ。

 聞くところによると、こういう試験問題は作者でも解けない場合が多いという。試験問題は独立した作品とも言うべきものなのだ。

 どうしてもわからないので、受験勉強をやったばかりの大学生の息子(文科系)に解かせてみた。彼いわく、こういう場合、解法の定石がある、くだけた調子というのは、仲間向け、もしくは子供向けと解釈するという。そして二つのコラムに共通するのは紙の重要性の認識だと彼は喝破した。従って、彼の解答は「活版を知らない子供たちには、活版のことを語り続けねばならない」だという。正解かどうかはまだわからないが、私の心理の奥底にはそれがあるということかあ。

 私の深層には活版が根強く居座っていることと見透かされましたか。本コラムまとめの最新刊は「電子書籍は本の夢を見るか」です。
 

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