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2015年8月に作成された記事

「アスキー」が完全電子化

 「アスキー」と言えば、「月刊アスキー」、「週刊アスキー」ともにお世話になった。パソコンを触ったことのある人なら、一度や二度は読んだことがあると思う。パソコン雑誌ではあるが遊び心にあふれ、とても楽しませていただいてきた。だが、月刊アスキーはかなり前に休刊になっている。そして今度は「週刊アスキー」が休刊した・・・のではなくて紙版が発行されなくなり電子版に移行した。

 私たちアナログ世代の生き残りにとって、紙の雑誌というのは、そのときどきのトレンドを過不足なく伝えてもらえるという点で便利な存在だった。普通の家にとっては情報媒体として普通の存在だった。我が家にも、物心着く前から「週刊朝日」が宅配されていたし、そのときどきの興味に応じていろいろな雑誌を本屋で買ってもきた。ひとつの記事に興味をもって買った雑誌も、目次をみれば、他の記事に興味が湧く。経済問題が知りたくて読んだ雑誌でも政治記事の方に絡め取られることもあった。そうして、ひとつの雑誌を読み通すことで、時代を知った。

 パソコン雑誌でもそうだ。今の時代にどんなCPUがあってどんなストレージがあり、OSの新しい動向やアプリケーションの使い方など知りたいと思って買うが、それ以外のことにも、予期しない出会いがあった。ゲームに遅れてしまった世代のわれわれにとって、ゲームの隆盛を感じることができるのはパソコン雑誌の中だけだった。

 もちろん「週刊アスキー」はコンビニで気がつくと買うという程度で、毎週必ず買っていたわけではない。月刊・週刊と差はあれど創刊以来ほぼ40年間そういう買い方だった。たまに買うと、そのときどきのパソコンの発展をいやでも思い知らされ、私より一世代も二世代も若い世代が軽快にデジタルと戯れていた。プログラムもOSもゲームもそしてデジカメやドローンも遊びのタネだった。そこからスマホゲームのように一兆円ビジネスに育った例もある。

 しかし、デジタルと軽快に戯れる世代にとってはそうした情報が紙である必然性はどんどん下がっていたようだ。IT関係の情報サイトは山ほどあるし、SNSをたどればいくらでも予期しない出会いが待っている。FaceBookを見ているだけでも、さまざまな情報が飛び込んでくる。雑誌を買わなくても、SNSに浸っているだけで、必要な情報がやってくる。パーソナリぜーションが発達して、SNSで「いいね」を押して、友達になる人を選ぶだけで、自分が好きで必要とする情報が選ばれてやってくる。これでは、雑誌のすみかが完全に浸食されるのも無理はない。

 それで、紙版から電子版に移行した「週刊アスキー」だが、驚くほど紙版そっくりである。誌面レイアウトから記事の並び順、連載記事、はてはモノクロページの存在まで、まったく同じだ。おそらく今の電子版「週刊アスキー」を印刷しても違和感なく雑誌として通用するだろう。WEBサイトを見慣れた目にはむしろとまどうぐらいだ。

 もちろんこれは戦略だろう。紙の読者をスムーズに電子版に移行させるために意図的にそうしているのだと思う。画面には画面にふさわしいレイアウトがあるし、記事の並び順など電子の時代にはまったく関係ない。モノクロページとカラーページの製作費に差もないはずだ。なのにそうした利点をあえて強調していない。もちろん編集者が慣れていないということやマンガをカラーにするときの原稿料の問題などの事情もあるだろう。だがそれは些末な問題。いずれ有料情報サイトと化していくのは間違いない。だってこれでは画面で見にくい。

 雑誌の電子化は避けえない方向だ。「印刷雑誌」も紙の雑誌をやめる日が来るだろうか。そのときは「情報媒体」としての印刷が終焉を迎える日だろう。もちろん印刷は情報媒体としてだけあるのではない。ねんのため。

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