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2015年3月に作成された記事

コピペのいたちごっこ

 去年の科学界を騒がせたSTAP細胞はどうやら幻だったようである。この事件色々と考えさせられることがあったわけだが、電子時代ならではの経緯をたどったともいえる。まず論文が電子版で発表され、その後ただちに実験の写真への疑惑などがSNSから指摘されて一気に科学界を揺るがす事態となった。

 その経過はとてつもなく速く、以前の紙ベースだったら、雑誌での発表、疑惑の指摘などが、郵送ベースで行われていたはずで、すくなくとも何ヶ月かはかかったと思う。電子媒体の普及は、このことだけでも、単に紙の情報を電子ネットワークに移し替えたという以上の変化をあらゆるところにもたらしたことがわかる。

 さらに、この疑惑に触発されるように、著者の博士論文剽窃疑惑もネットを通じて拡まっていった。この剽窃の方だが20ページもの剽窃があったと言われている。では、この剽窃は、はたして一字一字入力されたのだろうか、とてもそうは考えられない。おそらくコピーペースト(以下コピペ)が使われたはずだ。

 コピペはもちろん剽窃に使われるばかりではない。研究者の論文の表面的生産性はコピペによって画期的にあがった。論文には引用が欠かせない。過去の研究を下敷きにするためには今までどんな研究がなされて、どのようなこと述べられたかを元の論文や著作から書き写さねばならないからだ。昔は、これを文字通り書き写していたし、ワープロ時代になっても、いちいち打ち込んでいた。今は過去論文の電子データがネットにあるから、引用するにはその箇所をコピペするだけでいい。当然、引用は引用のルールに従う必要がある。他書からの引用であることが明確にわかるようにし、出所も明らかにしなければならない。引用と断らずにコピペをすれば剽窃である。しかし、そこは紙一重の差しかない。

 コピペは引用の生産性をあげたが、同時に剽窃の生産性をもあげてしまったことになる。しかしこれは論文を審査する方にとってみれば厄介きわまりない。全世界では何十万もの論文雑誌があり、何百万もの論文が発表されている。専門分野は限られるとしても、審査する側も全世界で発表されたすべての論文を読めるはずもないし、細かいところが変更してあれば、剽窃かどうかなど個人の記憶力だけで見破ることはまず不可能である。もちろん科学の真実は研究者の良心が頼りなのだが、それだけでは心許ない。

 よくしたもので、何か発展があればまたその対抗策が考え出されるのは世の常。実際これを聞いたときは感心するより、笑ってしまったのだが、「剽窃検知サイト」があるというのだ。ネットに載った全世界の全論文を検索して、投稿されてきた論文が、どこかの論文に似ているかどうかを評価して、剽窃の疑いがあれば知らせてくれるというサイトなのだ。まだ英語論文の世界に限られているが、こういうサイトが日本でも開設されるのは時間の問題のような気がする。

 もっともそうなればなったで、剽窃を図る側はそうしたサイトの裏をかくサイトをたちあげたり、文章を微妙に変えるなどの対策を講じるのだろう。そして対策を講じればまたはそれを見破るソフトやサイトが必要になる。結局この世界も、ウィルスソフトとウィルス検知ソフトのいたちごっこのように、便利になれば悪用するものがあらわれ、それに対抗するものがあらわれて、またそれの上を行くものが作られるということを繰り返すことになるのだ。

 そうしたいたちごっこを繰り返したあげく、ああ、紙の時代はよかったと老人は嘆息する。でももう戻れない。

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