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2014年9月に作成された記事

人類は火星に書籍をもっていくか?

 人類が火星におりたつ日が近くなってきた。

 アメリカのオバマ大統領は2011年の演説で、明確に次の目標を火星への有人飛行であるといいだしている。その前のブッシュ大統領はスペースシャトル計画を中止させたが、それも火星への到達とそのための拠点づくりとして月への再着陸を優先させたがためだった。

 アポロの月着陸は、私が中学に入った年だった。小学生の頃、宇宙は希望に満ちていた。次から次へと、無人や有人のロケットがうちあげられ、地球周回だけでなく、宇宙遊泳、ドッキング、惑星への軟着陸など、本来なら何十年もかかるような発展がわずか数年の間になしとげられてしまった。

 ケネディ大統領の1961年の演説はあまりに有名である。「今後10年以内に人間を月に着陸させ、安全に地球に帰還させるという目標の達成に我が国民が取り組むべきと確信しています。」という力強い言葉に全盛期のアメリカは燃えた。その時点で、アメリカはまだ、有人宇宙船による月への周回はおろか、地球の周回すらできていなかったのである。それから10年、アメリカは国力を傾けてまで月へ人類(アメリカ人)を送った。それは偉大な科学の勝利でもあった。

 当然、アポロの次は、月面の常設基地であり、宇宙ステーションであり、そして火星への有人飛行が実現するはずだった。それは20世紀中にもできるはずだった。アポロで地球が沸き返って居た頃に作られた「2001年宇宙の旅」では、2001年には、普通に地球と月の間に定期便が飛んでおり、月面には観測基地が設けられているという設定だったが、誰もがそれを荒唐無稽とは思わなかった。あのアポロ計画の10年間の開発速度をそのまま延長すれば、それはそうなって当然なのだ。2001年宇宙の旅の前半の主人公であるヘイウッド・フロイド博士は2001年で45歳という設定だった。つまり私と同い年なのである。私が大人になる頃、月は無論のこと火星だって、たいした訓練なしに、観光で行ける星になっているだろう。

 残年ながらその予測ははずれてしまった。宇宙はやはり遠い。アポロによる急激な開発は、米ソ冷戦を抜きにしては考えられない。アメリカとソ連が自国の威信をかけて競いあったからこそ、あの劇的な開発は進んだのだ。当時、私の父は観光でソ連へ行ったが、本当に市中には「何もなかった」という、民生品の供給などすべて無視して、宇宙に予算をつぎこんでいたのだ。もちろん、宇宙ロケットの技術は大陸間弾道ミサイルの技術と非常に近いこともこの開発速度の裏にはあった。宇宙から、核弾頭を落とされたら防ぐすべはない。これは究極の兵器でもあったわけで、米ソともに負けるわけにはいかない。だからこそ宇宙開発は猛烈な速度で進んだ。

 だがある意味、月への飛行は金さえかければできるという面があった。タイムマシンやどこでもドアと違って、物理法則に逆らうことはないのだ。まじめに大きなロケットを作り、正確に飛ばせば月まで行ってしまえるのである。それは50年前の技術でも可能だったことで明かだ。もちろん、大きなロケットとそれを正確に制御する技術の開発こそが最難関だったわけで、勇敢な宇宙飛行士とともに賞賛されるべきはそのまじめな開発者の努力であることは間違いない。

 火星への飛行も、確かに困難ではある。月とは違って距離が桁違いである。月まで、38万キロ、火星までは5000万キロ、急いでも200日はかかると言われる。そして、月とは違って、地球と火星は惑星同士、お互いに違うペースで太陽をまわっている。月のようにいつでも行って帰れるというわけではない。着いたら、今度は地球と火星がいい位置にくるまで帰りの時期を待たねばならない。そしてかえるのにまた200日。都合、最低でも2年の大旅行になる。

 それでも火星に行くのに、技術的に飛躍はない。今の技術でひたすら大きなロケットを開発すればいい。長期の宇宙滞在は、今の国際宇宙ステーションで充分経験が積まれている。それと同じような物を作って、ロケットを付加し、火星に向けて打ち出せばいい。ただ、火星への着陸と離陸はかなり困難だろう。今、一番、技術的にも金銭的にも困難と思われるのが、火星からの帰還だ。火星の重力圏から離脱するためのロケットと燃料が大荷物になってしまうからだ。この大荷物を地球から運んで、さらに火星に安全に下ろさねばならない。そのために、往きの荷物はさらに大きく重くなる。この困難を避けるために、帰還することを考えない完全な移民ミッションも考えられているという、帰ると考えるから、大荷物になるのであって、帰らずにそのまますみついてしまえば、帰りのロケットという荷物がいらなくなる。その分、火星に住み着く物資をもっていけるではないか。余談だがこの片道火星移住計画に20万人もの応募者があったという。アメリカだなあと思う。開拓者精神なのだ。イギリスからアメリカに入植した人々は帰ることを考えていたのかというわけだ。

 火星に行くのに帰還まで考えるか片道移住かは別として、火星はすでに現実的な目標である。あとは予算をどうひねりだすかにかかっている。アポロ11号で月におりたった2人の宇宙飛行士の一人であるバズ・オルドリンは2019年が節目になると見ている。2019年はアポロ月着陸から50年となるからだ。この日に、時のアメリカ大統領は宇宙に関する演説をするはずだし、それはアメリカのフロンティアスピリットに訴えるものになるばすだというわけである。おそらく、火星への具体的な飛行計画が発表される。あのケネディのように。


 さて 印刷会社の人間として、ひとつ気がかりなことがある。人類は火星に書物を持って行ってくれるのだろうか。紙は重い。印刷会社の人間なら、その重さを日々納品の時にかみしめている。ご存じのように、宇宙旅行は重さとの戦いだ。1キログラムのものを宇宙つまり、地球周回軌道にもちあげるのですら100~300万円の費用がかかる(宇宙開発事業団監査報告)。1トンの人工衛星だと10億から30億円かかることになる。本は人工衛星ほど重くないが、本1冊が500グラムとしても、それを宇宙にもっていくのにすくなく見積もって50万円、多くなると150万円もかかることになってしまう。

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筆者おことわり

題名だけ読んで、読み始めた人には申しわけない。このエッセイ、ここから宇宙と本にまつわる話を書くつもりだったが、どう調べても近々の火星探検で人類が電子書籍はまだしも紙の本を持って行くという結論は導き出せなかったので、没になりました。導入部分だけを供養のためプログにあげときます。

初音ミクを知っていますか

 初音ミクをご存じだろうか。

 名前を聞いたことがあるという方は多いと思うが、その正体を正確に言える方はあまり多くないのではないか。私も『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』という本を読むまでは、あまり知らなかった。

 初音ミクはバーチャルアイドルである。ただし、それだけでは何を解ったことにもならない。バーチャル?アイドル?っていったいなんなのだ。

 バーチャルとは「仮想の」という意味である。バーチャルメモリとかバーチャルリアリティという言葉にも登場してくるが、実際にはそこに存在しないが、あたかもあるかのように振る舞うという意味の形容詞だ。アイドルはまあそのまま日本語でも通用する。本来の意味とはやや違うが日本では大衆的な人気をもつ歌手とかモデルのことだ。アイドルにバーチャルがつくから、仮想のアイドル。実際にはそこにいないのに、アイドルのように振る舞う存在ということだ。

 スクリーンに写り出された、CGアニメの歌う初音ミクに向かって、男の子達がペンライトをふって応援する。あたかも実際にそこにいるかのように。これがバーチャルアイドルである。しかし、それでも、まだ本質にはたどりついていない。

 初音ミクの正体は実は音声合成ソフトの商品名である。楽譜を入力するとその通りに正確に若い女性の声で歌ってくれる。本来はそれだけのものなのだ。人間でもなく物ですらないソフトにすぎないのだ。そこに、緑の髪の具体的な少女のイラストを添えたところから、バーチャルアイドルへと進化していった。特筆すべきは、このバーチャルアイドルへの進化が、ネット空間の中で自然発生的に起こったということだ。

 若者の間では自己表現の手段としての作詞や作曲は珍しいことではない。自作の詞や曲を演奏するバンド活動もいつの時代も盛んだ。ただ、楽器は練習すればある程度綺麗な音がでる。ただ、ボーカルはかなり訓練しないといい声はでない。音程もとりにくい。そこで自作曲を歌ってくれる初音ミクが重宝されたわけだ。

 そうして初音ミクに歌わせた曲は、動画投稿サイトのニコニコ動画などで発表する。そして、その曲が良ければ、だれかがそれにイラストを組み合わせてまたニコニコ動画に載せるということがおこる。またCG動画を作って、初音ミクに歌わせながら踊らせるという動きもでてくる。こうして初音ミクはネット空間を通じて、どんどん拡大していく。いわゆる二次創作である。作詞家・作曲家・振り付け家・歌手といった音楽産業での役割分担が、ネット空間の上で自然発生的に生じて、お互い知らない物同士が共同しながら初音ミクを育てて行ったわけだ。この共同行為の総体が、バーチャルアイドルとしての初音ミクということになる。

 重要なのはこういう共同作業が成立するためには、著作権の考え方を根本的に変える必要があることだ。二次創作についてはルールを決めて、著作権の縛りがこうした自主的な創作活動を阻害するようなことがあってはならないからだ。実際、初音ミクを発売するクリプトンは二次創作について、大きく認める宣言をホームページに掲載している。紙の本を前提とし、せいぜいが音声レコードぐらいしか考慮にされていない著作権の考え方がすでに時代にあっていないことを初音ミクは語りかけてくる。

 さてここで、初音ミクと印刷がどう関係するのかと問おうとしたあなた。今から30年近く前になるが、CD-ROMなどによるマルチメディアが登場したとき、それを印刷会社で扱ったり、ライバルになることを考えただろうか。バーチャルアイドルも成長産業であることと、コンテンツビジネスの一種であることを考えたら、印刷会社と関係ないと思うより、取り込む方が得策だと思うのだ。著作権の考え方の変容なんて、まさに印刷会社の関連領域でもある。

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