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2014年7月に作成された記事

活版博物館から

 うちの会社には小さな活版博物館がある。博物館といっても倉庫の片隅に、活版の資材一式を残しているだけだ。20数年前、活版を廃止するとき、亡き父が記念にと捨てずに置いておいたものだ。ここには昭和初期のプラテンとか、おそらく世界中で当社にしかない珍しい文字の母型とかを残して展示してある。それだけでなく、当時の職人の植字台や椅子などもそのままのかたちで残っている。おそらく、父はいざとなったら、いつでも活版が復活できる状態で残したつもりだったのだろう。結果として、当時の活版工場をそのまま切り取ったようなスペースにもなっている。

 通常は非公開なのだが、ホームページに掲載していることもあって、最近、見学希望の方が見えるようになった。大学でマスコミや出版を専攻している学生さんやその道の先生が多い。宣伝にもなるので、見学希望は基本的に断ることはない。

 見学された方は、みなさん活字の小ささに驚かれる。5号でも、指先で扱うとしたら相当に熟練がいるのは歴然。ルビに使う活字や、英字のiなどは本当に小さく、よくもこれを並べて版にした物だ。また、インテルや罫などはその存在も役割もあまり知られておらず、見学者の興味を惹くようだ。このページの読者もあまり知らないのではないか。インテルは行間を空けるときに使う活字と活字の間にはさむ板。これには木製と金属製があった。罫は文字通り、線を印字するための細い金属板である。これらを自在に扱った職人たちの手仕事に思いを馳せて、みなさん、満足して帰って行かれる。

 しかし、満足してかえっていただけただけでは、宣伝にならないので、一応現在の会社の紹介もさせてもらうことにしている。活版の技を継いだDTPシステムや最新のレーザーCTP、それにデジタル印刷機などなどを説明して、印刷物の発注につなげようというわけだ。

 残念ながら、新しい機器は活版を見に来た人にとって、あまりおもしろいものではないようだ。DTPとCTPはどう違うのかという説明をしたところで、印刷技術そのものに興味がない人にとっては何の意味もない。そして、みなさん異口同音にコンピュータと電子機器の並ぶ工場は「技術としての温かみがない」とおっしゃる。もちろん、中には新技術やデジタル機器に興味を示される人もいるが、これは技術そのものに興味があるというより、わずか20年でこれだけの変容を見せたということへの驚きによるものだろう。実際、私が考えても、大変な変化である。印刷業界は「もっとも遅く近代化がはじまり、もっとも先端にまで一気に駆け抜けた業界である」のだ。

 結局ひととおり電子機器を見せても、賞賛の声は活版技術の方に軍配が上がる。

 「活版を残しておけなかったんでしょうか。すばらしい技術ですよ。私なら頼んででも活版にしてもらうなあ。紙に押しつけたへこみの味わいがなんとも言えない」

 お客さん。でもそれは活版をやめる前に言って欲しかったなあ。活版の末期、職人さんがどうやっても集まらなかった。若い人はみんなコンピュータをやりたがったから続けようにも続けられなかった。それに活版の資材は値段が高く、写真品質も銅凸版ではオフセットのようにうまく表現できなかった。だから、みんな電算写植(これも今となっては懐かしい)平版にかわっていったのだ。

 ふと思う、これは過ぎし活版の話だけではない。何年か先こうお客さんに言われているのではないかな。
「紙の本をなぜ残してくれなかったんでしょうか。すばらしい技術ですよ。私なら頼んででも紙の本にしてもらうな
あ。あの紙をめくる味わいがなんとも言えない」

 お客さん。そう言う前に、紙の本をもっと買ってください。でないと、いつのまにか本はなくなっていますよと、今言っておくべきかな。

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