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2014年5月に作成された記事

本はまず機械が読む

 オンラインで情報が流通するようになって、なにが大事かというと、まず検索エンジンに拾われることである。どんないい文章や情報を発信したとしても、GoogleやYahooでその文書が検索されなければ話にならない。人はまず、パソコンやスマホで検索語をたたいて必要な情報を得ようとするからだ。

 ホームページでは、この検索エンジンに拾ってもらいやすくするための対策、SEO対策という奴が重要になってきている。いかに自分のサイトを目立たせるかということだ。もちろんコンピュータが読むわけだから、人の目にとって派手がどうかは全く関係がない。コンピュータにとって派手でなければならない。これにはHTMLにさまざまなメタデータを仕込むなどいろいろな技法がある。もちろん人間がそれを目にすることはない。コンピュータによるコンピュータのための記述である。

 とどのつまり、今は文書はまずコンピュータが読む。全世界に張り巡らされたネットワークの中で、検索エンジンが検索された語にふさわしいページを選んでくれる。人間はその選ばれた文書をおもむろに読むわけだ。加えて言えば、ふさわしいページの選択は検索語からだけ選ばれるのではない。アマゾンを見ればわかるが、それまでの検索履歴や購入履歴にあわせて細かく検索者の性癖を理解し、最もふさわしい文書を薦めてくれる。

 要は、まず機械に気に入ってもらえなければ、読者の元には端から届かないということだ。検索エンジンで表示されなければ、買われることも読まれることもない。つまりこれからの時代、機械(コンピュータ)に読んでもらって、気に入ってもらえなければ、人間の元に届かない。もちろん、神と化したコンピュータが自分で選択するわけではないので、究極的には人間のプログラムの出来具合如何によるわけだが、一度できあがったプログラムはなんの躊躇も情緒もなく情報をさばいていく。

 この時代は組版も当然変わらざるをえない。これまで組版はあくまで、人間が読み易くするために存在してきた。人間が読み易いものが最高の組版という価値観の元、出版社も印刷会社も長年培われた組版原則や経験とカンによる美的センスを極限にまで研ぎ澄ましてきた。これからの文書はまず、機械が読む。機械が読んで、「いいもの」と判断されなければ、機械は人間にその文書を推薦したりしない。この場合、人間が読んでの組版の美しさは考慮されない。よく電子文書というとPDFのことだと思われている向きがあるが、PDFでは機械が読みにくい。まして紙しかないなんて論外である。機械が読めなければ、評価されることもなく、従って読まれることもない。

 これからの文書組版は機械に読み易いものでなければならない。人間の読みやすさは二の次、三の次である。具体的には、まずは機械に読みやすい文書、たとえばXMLで作って、メタデータを整え、キーワードをいっぱい埋め込んでおく。XMLを一度でも見た人があると思うが、あれは人間にとって読める代物ではない。だが、機械にとっては読みやすい。

 人間はXMLを人間が読みやすいように表示するソフトで読む。実は人間にとっても、これからはこの方が都合がいい。文書は読者がなにで読むかわからないからだ。同じ文書をある人はPCで読み、ある人はタブレットで読み、ある人はスマホで読むかもしれない。もしかしたら紙で読むという奇特な人がいるかもしれない。結局どんな形態で読むかは読者次第なのだ。読む人の読む機械(もちろん紙もありうる)が、それにふさわしい組版を自動的に行う。

 だから、これからは人間に読み易いように、編集者や組版現場が必死の努力をしても時間の無駄でしかない。それよりも機械に読んでもらうことに血道をあげるべきだということになる。

 たぶん、その先は機械が文書そのものを書き始めるだろうな。  

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