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2014年4月に作成された記事

マッキントッシュ30年

マッキントッシュが発売30年を迎えたそうだ。発売はつまり1984年だった。この1984年はジョージオーウェルの有名な1948年の小説『1984』の年でもある。『1984』はネットワークを通じてビッグブラザーに生活のすべてを監視されるというディストピア(ユートピアの反対)小説である。ちなみに村上春樹の「1Q84」はこれをもじっている。欧米では非常にポピュラーな小説で SFの古典でもある。欧米人に管理社会の恐怖を植え付けたものとして知られる。

 マッキントッシュの発売時の広告が有名な「1984年は『1984年』のようにならない」だった。個々の人間が自分の能力の延長としてコンピュータ使う。そのために、初心者にも理解しやすいグラフィカルユーザーインターフェース(GUI)を採用し、ディスプレイと本体を一体化した「かわいい」デザインのコンピュータとしてマッキントッシュは登場した。

 それは確かにコンピュータの革命と言えた。今でこそ、コンピュータの画面にアイコンが並び、それをマウスでクリックして操作する視覚的でわかりやすいGUIはWindowsでもAndroidでも当たり前だが、それをパソコンの世界に持ち込んだのはマッキントッシュだった。それはコマンドラインからいちいち文字を打ちこまないとアプリひとつたちあがらないMS-DOS全盛の時代にあって異彩をはなっていた。

 マッキントッシュの発売元アップルコンピュータはその後、iPod iPhone iPadと立て続けにヒットをとばし、人間とコンピュータの関係をすっかりかえてしまった。いまやコンピュータをみて、「人間の尊厳を侵す」などという人はいない。若い人はそれこそ、人と人とを結びつける道具としか思っていない。インターネットという巨大ネットワークも実は支配の手段として使われれば非常におそろしいものではあるのだが、いまやそのあまりに放縦な使い方の方が問題になるぐらいだ。

 印刷業界は1984から数年を経ずしてマッキントッシュ一色の時代がやってくる。DTPのプラットホームとして急激に普及したからだ。印刷屋といえばマッキントッシュの時代がそれから20年近く続く。最近でこそ、Windows DTPは珍しくないが、マッキントッシュとクォークエクスプレスの組み合わせが一時は印刷業界を席巻した。

 私は実はマッキントッシュには乗り損ねた。1980年代後半は電算写植全盛時代でもあってコマンドライン入力のUNIXやMS-DOSを使い慣れていたし、マッキントッシュのようにコンピュータがしゃべったり、グラフィックに凝ったりすることにCPUパワーやハードディスク容量を使うことに懐疑的だったからだ。電算写植のような無骨だけど、実質的なシステムが将来にわたって使われると信じて、言語処理のプログラムを書いていた。だから、CEPSのような機械の領分までマッキントッシュに取って代わられるとは思ってもいなかった。現実は言うまでもない。

 その後も、私はマッキントッシュには親しまないままだった。パソコンDTPを本格的にやるころには、Windows で挑戦した。だからうちの会社ではいまだにマッキントッシュは極少数で、ほとんどはWindowsだ。

 でも、今から考えると、CEPSや電算写植にこだわらず、早い時期にマッキントッシュに取り組んでいた方がよかったように思う。まず価格がとてつもなく違った。電算写植にこだわっていた時代の高性能機の価格はマッキントッシュの100倍はしたからだ。

 そして、組版よりデザイン重視という時代の流れに乗り切れなかった。数値のための道具だったコンピュータがデザインなどの感性の世界の道具になった。そして時代は論理と言葉の世界から、感性の世界へと移った。その先鋒がマッキントッシュだったわけだ。そんな展開になるとはさすがに30年前は気がつかなかったなあ。

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