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2014年1月に作成された記事

私が前進しているのである

 ツイッターで髪の毛が後退していることを揶揄された孫正義氏はこう答えたそうである。「髪の毛が後退しているのではない、私が前進しているのである」

 言うね。孫正義氏と私は同い年である。彼の方が若かったかもしれない。私が経営者のはしくれになったときすでに彼は時代の寵児だった。それでもせいぜいが、パソコンソフトの流通というニッチ産業を見いだした若き経営者というレベルだった。ところが、その後も業態拡大や企業の買収を繰り返し、今や彼の会社ソフトバンクは巨人NTTと肩を並べるところまで来ている。球団経営もむろんのこと、アメリカの携帯電話会社も買収して拡大を続けている。その間、私が印刷会社の経営で一進一退どころか、一進二退という感じで苦しんできたのと大変な違いだ。

 孫正義を横目にあんなことはいつまでも続かないと僻んだこともある。しかし、やはり同年代のアスキーの西和彦やその後のホリエモン堀江貴文が失速してしまったのに比してまだ成長を続けている。

 私と孫の違いはどこにあるのだろう。まず第一にゼロからはじめた孫と違い、私は同族会社の経営者であって、経営を父から引き継いだ。そのときには、もうできあがった中西印刷という会社があって、そう簡単には思い通りに動かず、変革もできなかった。しかし、その言い訳が通用するのは40才までだろう。一番の違いはおそらく前進への貪欲さだ。

 私は心のどこかで、会社の経営そのものは手段にすぎず、「充分会社が大きくなれば、あとは好きなことをしてのんびり暮らす」ことを願っているところがあった。

 一番最初にそれができそうだと思ったのは活版から電算写植への切り替えをやったときだ。集大成のつもりで「活字が消えた日」という本も書いて、そこそこ売れ、講演まで依頼されるようになった。「これだけの変革をなしとげたし、本も書いた。あとは講演でもしてのんびり暮らそう」と一瞬だが思った。ところが市場は容赦しなかった。DTPで組版価格は暴落。バブル崩壊で印刷重要は壊滅。会社は資金繰りに追われ、新入社員を雇うこともままならず、土日なく働く羽目になった。

 この後、オンラインジャーナルに出会う。このときもイギリスまで飛んで契約をとりつけ、日本初のオンラインジャーナルの制作に成功する。日本での独占権もえて、次々仕事もはいってきた。さあまたここで「他社はこの技術力に追随してこれまい。あとはのんびりイギリスと行き来しながら優雅な国際企業生活だ」と思ってしまった。わずか、3年後、こうした仕事はすべてインドに奪われてしまった。また仕事がどんどん流出し、奈落の底である。

 私は前進への意欲が足りなかった。同族会社の息子としてどこかで守勢にまわっていたのだ。そこが孫正義との最大の違いだ。今印刷業界をめぐる状況は厳しい、情報の流通を独占してきた印刷物の地位がどんどん低下している。この時代に守りの姿勢にはいったのでは、業界内からでも業界外からでもあっというまに追いつかれ、追い越されてしまう。常に前進を続けねばならない。

 今は会社をあげてXMLに挑んでいる。世界初の日本語オンラインジャーナルXML制作にも成功した。しかし、これだって追いつかれるのは時間の問題だろう。

 おりしも「学術情報を取り巻くサービスの変革」という論考を読んだ。中に私のよく知らない単語が並んでいる。Altmetrics, RefWorks, Over-Drive, OCW, MOOCs, Mendeleyなどなど。このいくつかを印刷会社の商売にできるだろう。いや、そもそも印刷会社の商売と考えた時点でもう孫正義には負けているかもしれない。私は経営者である。そこに市場があり、解決の手段があるならば突進していくだけだ。

 私も髪の毛の後退が著しいが、まだまだやる。やってやる。髪の毛の先に前進していくのだ。

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