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2013年5月に作成された記事

卵の殻

「卵の殻を自ら割れば、生命をもった鳥になるが、他人が割れば目玉焼きにしかならない」

この言葉、ある講演会で聞いて、いい言葉だなあと思った。以来、座右の銘にしている。社員にも共有してもらおうと会社のあちこちにもこの言葉を貼って歩いた。急成長して、日本の家電業界が束になってもかなわなくなった韓国サムスンの合い言葉だそうだ(『サムスンの決定なぜ世界一速いのか』(吉川良三、角川書店) 。

 今、日本の印刷会社は業界の殻にとじこもっているとしか思えない。業界の会合に行っても聞くのは「仕事が減って、どうにもならない。昔はよかった」という愚痴ばかり。そして、他業種からの進入に戦々恐々としている。コピーに軽印刷の仕事を食われ、出版は電子書籍、広告はインターネットに食われている。どうしようどうしようとうろたえているだけで対抗策を見いだせていない。印刷業界は今まさに目玉焼きだ。業界の殻をつつかれて割られ、業界ごとフライパンの上で目玉焼きになろうとしている。

 ここで問う。根源的な疑問。われわれはなんのために印刷屋をやっているのか。印刷機を買ってそれをまわすためか。そうではないだろう。本(あるいは広告)を作ってもうけるためではないのか。結果的に同じことだと言われるかもしれない。しかしこれは違う。印刷機をまわすことは目的ではなくて手段なのだ。数多くの仕事の中で、あなたの会社の創業者がこの業界を選んだのは、印刷機が好きで印刷機をまわすのが好きだったからだろうか。違うはずだ。ほとんどの創業者は多くの業種を見回して、成長性があり、自分にも出来そうだと思った業種がたまたま印刷業だったからなのではないか。もちろん、例外はあるだろう。印刷機自身に工学的。趣味的興味を覚えた人はいるかもしれない。だがそれは例外だろう。「本を作ってもうける」その手段としてたまたま印刷という技術があっただけのことだ。

 なのにいつのまにか、印刷機を並べてまわすことが自己目的化している。そしてそれを当たり前のものとして、業界の殻に閉じこもっている。こうした殻に閉じこもった印刷業者がおちいりがちなのが、お客が求めてもいない高品質の追求だ。4色の仕事が減ったからといって、5色、6色に活路を見いだしたり、とんでもない線数の印刷に未来を託そうとしていないか。それは顧客が求めているものだろうか。市場が要求しないものは企業として価値がない。我々は顧客のために仕事をするべきであって、自らの自己満足のために仕事をするべきではない。 原点に返ろう。我々はもうけるために何をなすべきか。殻を割ろう。逆に、我々のノウハウ、技術をもって他の閉じこもった殻を割りにいけるはずだ。

 たとえばこんな話を聞いた。和装業界では昔ながらの手描きを珍重し、手描きの反物は高値で売られてきた。ここにインクジェットプリンタで模様を布に印刷するという技術が現れた。和装業界は「あんなものは安物」だと言って、高い手描きの反物の価格を守ろうとする。しかしインクジェットの技術が向上して、手描きと遜色のないものができるようになってきた。プロが見れば区別がついても、素人では区別がつかない。今、手描きの業界は壊滅しつつある。それでもまだ和装業界は手描きの超高級品という小さな市場に閉じこもろうとしている。趣味ならいいが、企業としては終わっている。

 このインクジェットを和装業界に持ち込んだのは残念ながら、印刷屋ではなかったが、同じようなことは他でもあるはずだ。もともと印刷そのものも、手写本の世界にもちこまれた破壊的な技術革新だった。おそらく活版印刷の登場で、修道院の奥深く手写にあけくれていた職人が数多く失業したはずだ。

 まず自分の殻を破ろう。そして他の閉じこもっている業界の殻を割りに行こう。すくなくとも私は目玉焼きにはなりたくない。

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