« 2013年1月 | トップページ | 2013年3月 »

2013年2月に作成された記事

大人になったIT少年

 息子が帰省してきた。申し遅れたが、息子は昨年の春に関東の大学に入学し、京都を離れた。情報学を勉強している。息子のことは古い読者なら思い出されるかもしれない。息子はこの連載とその前身である「若旦那コンピュータ奮闘記」に何度も登場させた息子なのだ。赤ちゃんの時から、我々の子供時代とはまったく違う体験をしながら大きくなった。しゃべるより早くマウスを操作し、CD-ROMを絵本がわりにし、小学校の時にはツールを使ってコンピュータゲームを作成していた。あの息子だ。やはり初志貫徹というか、なるようになったというか、コンピュータを専攻することになった。プログラムの授業が楽しくてしかたがないらしい。

 ずっと、こういう育ち方をした子供が大きくなるときどんな大人になるだろうかと、楽しみ半分、心配半分でそのときどきの息子を描いてきた。コンピュータの否定的側面も聞かされていたからだ。小さい頃から、コンピュータばかりやらせていると、人間性が損なわれるとか、対人関係が築けなくなるとか、親戚や友人から忠告をいただいたことも一度や二度ではない。

 結果として、親ばかかもしれないが、ちゃんとした大人になった。今は大学の寮にはいっているのだが、友人も多く出来ているようだ。ネット麻雀だけでなく、リアル麻雀にも興じている。単位はできるだけ効率よく取ることをこころがけ、サークル活動にいそしんでいる。寮のめしがまずいと、電子レンジを使った自炊にはげんでいたりもする。私たちの学生時代とその心性はなんらかわるところはない。

 はじめのころはネットを使ったテレビ電話システムであるスカイプを使って、毎日のように京都と話しをしていた。家族が恋しかったのかもしれない。それでもいつのまにか頻度は減った。友達空間の中に居場所を見つけたからだろう。それでも帰省の機会があれば帰ってくる。家族の中での居心地もいいらしい。逆に、帰省してくると大学の友人とツイッターやスカイプでつながっているようだ。ネットの時代、どこにいてもつながれる。人と人とのつながりは、ネット時代になってより深くなったのかもしれない。

 本はあまり読まない。暇さえあれば始終ゲームばかりやっている。しかし意外に物知りだ。どうやらゲームを通じて、経済や歴史を学ぶかららしい。ネットゲームやシミュレーションゲームはリアルな世界や歴史を反映しているからだ。

 結論、子供の時代からコンピュータを扱わせると人間性が損なわれるとか、知性が低下するなどというのはまったくの杞憂だ。むしろコンピュータを通じて人と人との交わりが増えるし、知性も効率よく吸収できているように思える。

 コンピュータを通じて人間性が育たなかったり、知性が身につかないのは、コンピュータに子育てそのものを任せてしまうからではないか。コンピュータは人と人のまじわりを助ける道具。親もそのつもりでコンピュータを介して子供つながりを持てればいい。

 私は子供とキャッチボールをしたことがない。そう言うと、子供と関わりをもてなかった悪い父親のように言われるのだが、そのかわり子供と一緒にゲームソフトを作ったり、LAN工事をやったりした。野球の話はしなかったが、最新のCPUやゲームについて遅くまで語りあった。親子で作ったゲームソフトを小学校の校長先生にプレゼントして驚かれたこともあった。すべては今では楽しい思い出だ。

 息子に今大学で何をやっているんだと尋ねたら、「マクローリン展開」という言葉が返ってきた。あはは、数学の言葉らしいことはわかるが、文系卒の親父はもうついていけないよ。息子よ俺を超えてさらに遠くへ行け。そこは人間がまだ足を踏み入れていない領域だろう。臆するな。人間の能力は無限だ。まだ先へ先へ進んでいけ。

函数思考で経営戦略を立て直す

印刷タイムスから取材があって、インタピューに答えたのが、1月10日号に載っています。そろそろいいかな。いいたいことはアメリカの鉄道会社のエピソードに尽くされているかな。うちはそもそもどうなんだろう。

130110印刷タイムス記事


« 2013年1月 | トップページ | 2013年3月 »