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2011年10月に作成された記事

モノタイプを知っていますか

 当社の応接間に天井からつきだした謎の配管がある。応接間に水道管はおかしいし、ガス管にしてはあまりに無防備だ。ずっと不思議には思っていたが、ITの進化を追うのに忙しく、深く詮索しもしなかった。ところが、退職した社員と応接室で昔話をしていてふとその話になった。
 「そういえばあの配管なんのためにあるのか知ってます?あれはね、モノタイプのキーボードに圧搾空気を送る管なんですよ」
 今の、応接間はその昔、モノタイプのキーボード部屋だったのだ。
 モノタイプと言っても、既に印刷人でもその姿かたちどころか名前を知っている人すら多くないと思う。モノタイプは自動活字鋳植機のひとつである。キーボードから入力した文字が、モノタイプキャスターから自動的に鋳造され活字として並んででてくる。いわば、出力が活字のワープロといっていい。今から30年前には印刷近代化の花形でもあった。活字と言えば活字の棚から手で拾うのが普通だった時代、実に先進的な機械だった。
 驚くべきは、そうした自動機械が、歯車とテコ、そして圧搾空気のような物理的機構で動いていたことである。先の配管はその証だ。当時の印刷工場は、今ならLANケーブルが這い回るようなところ、圧搾空気の配管やワイヤーなどを張り巡らしていたのである。そして情報の伝達保存媒体は鑽孔テープだった。鑽孔テープは紙テープにぷつぶつと小さな穴をあけ、物理的、もしくは光学的に読み込むことで、情報を伝達・保存する方法である。今では鑽孔テープを見ることはまずなくなったが、コンピュータ初期、入出力媒体としてよく使われていた。今で言うハイテクなイメージがあり、エリート社員が電車の中で自慢気に鑽孔紙テープを読んでいるというマンガを覚えている。
 私の父はモノタイプにのめり込んでいた。活版印刷専業だった当社は写植には目もくれず、一途にモノタイプを追いかけていた。その先頭に立っていたのが、父だったのだ。天井の配管再発見を機会に父の残したファイルを探してみると、モノタイプキーボードにどの字をどのように配置するかという詳細に検討した図が残されていた。父らしい律儀な字で細かく文字の取捨選択の書き込みがなされている。またモノタイプのメーカーと字形やベースライン位置を巡って、丁々発止、手紙でやりとりとしていた記録も残っていた。当時、モノタイプのキーボードや母型盤は一社一社特注だったのだ。そこには中小企業としての創意工夫の活かせる部分が大きかったように思う。
 今、印刷設備はほとんど規格品である。文字はJISやUNICODEで規定されてしまっているし、DTPソフトも寡占化が激しい。コンピュータの時代とはまさしく寡占の時代でもある。中小企業として選択のできる余地は本当に少なくなった。従って、他社との差別化もつけにくい時代にはいっている。勢い、主戦場は「価格」である。
 歯車やてこといった機械部品を扱って生産していた時代は各社で工夫することで生産性や商品性で差別化ができていた。モノタイプもその典型例だと思う。一字一字、自社の仕事にもっともふさわしい文字配列を考えている父の姿が思い浮かぶ。父の選択ひとつで組版の生産性がまるで違うのだから、責任も重いが、やりがいもあっただろうと思う。
 もちろん、いまさらモノタイプの時代に戻れるわけではない。われわれも機械で差別化することこそ難しくなったが、ソフトウェアやデザインで他社との差別化を図ろうとしてきた。まだまだ新しい創意工夫を考えていかねばならないし、その方向が紙の上にはないかもしれないのは、もう何度も書いてきた通りだ。でもちょっとモノタイプに思いをはせて、昭和の高度経済成長時代のノスタルジーに浸ってみるのも悪くない。

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