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2010年12月に作成された記事

本の解剖学

「本の解剖学」というワークショップを図書館の依頼で立て続けに行った。参加者に本(特に古い上製本)をカッターで解体してもらうというただそれだけの試みなのだが、参加者は単に本をカッターで切り刻むのではない。見返しをはがし、表紙を取り去り、寒冷紗を抜き、かがりの糸を切って折丁をばらぱらにするという製本と逆の工程を体験してもらい、逆の面から製本と印刷を理解してもらおうというものだ。図書館で告知したイベントということもあるが、本がなにより好きという人が多く、参加者全員熱心に取り組んでいただいた。

 もっとも、実際の解剖作業はすんなりとはいかない。参加者一同カッター片手に苦闘されていた。みなさんもやっていただくとわかると思うが、「本の解剖」は簡単なことではない。簡単に壊れないからこその製本であって、そもそも本がちょっとカッターで切ったぐらいで分解するようであっては本の役割を果たさない。表紙を剥がすという一見、単純な行為にしても、大変な力と技がいる。表紙は糊で強力に本文と接着されていて、無理に剥がそうとしたら破れてしまう。参加者は、その強力さに「本に対する職人の思いいれ」を感じるようだ。本文である中身は柔らかい紙を使って読みやすく、外は中身を保護するため硬く堅牢に、本は実にうまく作られている。

参加者には解剖ひとひとつの工程が新鮮だったらしく、表紙をうまく剥がして寒冷紗が見事にとりだせたりすると大喜びである。たぶん、こうした喜びは、自分たちが愛してやまない本という物の成り立ちを知った喜びだろうと思う。たとえば時計の解体で、こんなに喜ばれ、興味を持ってもらえたとは思えない。図書館もご多分にもれず、電子化の波に翻弄されているわけだけれど、「物体としての本」への愛着は館員も利用者もみなさん人一倍お持ちのようだ。本はこうして印刷製本業という本を愛する人々により作られ、図書館員のような本を愛する人々により守られている。そうしたことを実感していただけたよいイベントだったと自負している。あとのアンケートでも非常に評判がよく、新聞にも記事が載るなど反響も大きかった。

 こうして見ると、まだまだ本の需要は底堅いなと思うのだ。さんざん電子書籍の旗をふっておいて申し訳ないが、やはり印刷業界は「物としての印刷物」があってこそと思えるようになってきた。

 電子書籍時代にあって、印刷会社はどう生き抜いていくべきか。これにはいろいろ方向性があるけれど、ひとつ間違いないのは印刷会社がIT関連で突っ走るというのは無理があるということだ。印刷業界隈でもIT関連で確かに華々しく成功している会社もあるけれど、そうではない会社もごまんとある。だいたい、印刷業界に限らず、あらゆる業界の人が電子書籍やWEBで一山あてようと虎視眈々と市場を狙っているのだ。その中で、ITに関して突出した技術力でもない限り、印刷会社が互して戦っていくというのは難しい。印刷会社は今まで培ってきた印刷会社としての強みを活かさなければ、ITに業態変更したところで、すでにある巨大なIT市場の中で埋没してしまうだけだ。

 もちろん、巷間言われているように、情報の電子化・ソフト化は必至だし、成長力もIT側にあるのは間違いない。だが、そのことに、印刷業界が右往左往する必要はないのではないか。印刷業界はIT社会の中で、IT系の会社とは違う場所からスタートできる。堅牢な表紙、それはまさしくハード。その中の情報こそソフトに分類されるけれど、ハードと組み合わせる部分はまだまだ印刷業界が勝負できる分野である。こちらには堅牢な本という仕組みとそれへの愛情という強い味方がある。もう一度この世界を突き詰めてみるというのも悪くない。

 そら、また上製本の自費出版の要望が来たぞ。こうなれば、500年後にも残る立派な本を作ってやろう。そのときデータが残っているか本が残っているかと、自問しつつ。

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