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2010年9月に作成された記事

本の解剖学 大好評でした

電子書籍が席巻する近頃の出版界ですが、「我電子書籍の抵抗勢力たらんと欲す」をだして以来、紙の本の魅力を語って欲しいというような依頼が増えています。
 そこで実際に、本を解体することで、本にかける職人の思いをくみ取ってもらおうと、市民ワークショップ「本の解剖学」が2010/9/23奈良教育大学図書館、9/25大阪教育大学図書館で行われ、私、中西秀彦、講師をあいつとめさせていたちだきました。
 図書館で廃棄処分となった本を参加者に実際にカッターをメスに見立てて解剖していただいたのですが、容易なことでは解体できず、その堅牢さに参加者は驚いていたようです。この経験を通じて本の大切さや、紙の本の魅力を伝えられたと思います。参加者アンケートでは大好評だったようで、図書館サイドからはまたやって欲しいとの要望が寄せられています。紙の本は不滅です。 

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新聞にも好意的にとりあげていただきました。産経新聞奈良版9/24朝刊

超能力の宗旨替え

あれは私が高校生の時のことだ。超能力ブームというのがあった。海外から有名な「超能力者」なる人が来日し、テレビでその「能力」を披露したり、「超能力」をもった子供が次々現れたりした。私は、SFが好きで、超能力という言葉にはなじんでいたから、本当の超能力者があらわれたというのですっかり興奮し、「超能力者」の出演する番組を熱心に見た。


「超能力」の技の中でもっとも注目されていたのが、スプーン曲げだった。スプーンがテレビのカメラの前で曲がるのである。スプーンを撫でている間に曲げる人、スプーンを高く放り投げて曲げる少年など、色々な技があった。具体的に目の前(テレビの中でだが)で曲がってしまうのだから、これは説得力があった。今にして思えば、必ず、撫でたり、投げたりしていることがそもそもあやしい。本当に曲がるのなら、置いた状態で見つめているだけで曲げればいいのだ。それを試みた番組もあったが、「疑りの思念の前では生じない」のだそうで、成功したものはなかった。


この私に父は冷ややかだった。「あんなものはインチキだ」といって、はなから相手にしていなかった。私にはその態度ががまんならなかった。現実にそこで曲がっているではないか、事実を認めないのは既成概念にとらわれた単なる頑固だと思った。


「親父は頭が固い」


超能力者のテレビを見て、単なる手品と言い放った父に私は侮蔑するように言った。高校生の親の常として、父はなんでも頑固だった。なかなか若者の言うことを認めてくれなかった。その恨みもこめて言ったのだと思う。それに父は厳しく反応した。


「しょせんテレビはショーだろう。おもしろければいいわけだし、そんなものを信じ込んでいきなり『親父は頑固だ』はないな」


私は父が許せなかった。それこそ頑固だと思った。そもそも事実を認めないのは科学的態度ではないと思った。そのあと、しばらく言い合いがあったと思うが、結局、私は台所からスプーンをもちだした。


「そんなに言うなら、このスプーンを曲げてみてよ!」


スプーンみたいに堅い物は、超能力者でない人間は簡単には曲げられないと信じこんでいたのだ。ところが父はスプーンを手に取ると、軽々と曲げてしまったのだった。スプーンは力のいれようで軽々と曲がる。これだけ軽々と曲がるのなら、手品のタネをしかければ、いくらでも超能力で曲げたように見せかけることができる。


私は顔色を失った。その場は取り繕ったが、父に対して不利になったことは否めない。


その翌週のことだ。週刊誌にスクープ記事がでた。私はタイトルにドキっとした。


「超能力少年のスプーン曲げトリックを暴く」


中では、写真入りで、スプーン曲げのトリックを解説していた。私の完敗だった。父はそのことについて何もいわなかった。でも、なにかのおりにこう言った。


「信じたいことは調べもしない間に事実だと思ってしまいがちだ。だからいろんな、やり方で調べなきゃ、本当のことはわからない」

私は結局、法学部を選べと言う親父に反発して文学部に進学した。そして心理学を専攻することになるのだが、心理学というのは、科学的厳密性を大切にする。心理というようなとらえどころのないものを対象にしているだけに、科学的な実証がなければ単なるひとりよがりの感想になってしまうからだ。私は、実験や検定という科学的方法論を学び、この超能力事件を何度もふりかえることになる。はっきりいって父の方が科学的だった。事実は実験者や観察者の心理状態によってスプーンのようにいくらでも曲がる。本当に事実どうかわかるのは条件を整えた実験を通してだけなのだ。(科学哲学的議論は残るが)


その後、私は科学主義者に宗旨替えをした。血液型性格判断などは心理学出身だけにいまだに使われ続けることがどうにも我慢ならない。夜の酒場で当たり前のように語られる血液型性格判断の話題を受け流すことができず、つい、大人げない発言をしては嫌われている。それも父の遺産のひとつだよな。 


初出:「生物工学 2007年8月」

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