紙の復権
今年の全印工連印刷メディア協議会のテーマは「紙の復権」だった。このテーマだからか、来場者が多かった。すくなくとも私の所属している京都工組からの参加は例年の倍にはなっている。やはり印刷会社は「紙の復権」をなんといっても待ち望んでいるのだ。業態変革も今の時代、確かに正しいのだが、紙を扱って印刷機をまわすことを生業にしてきたほとんどの印刷業者にとって、コアの印刷ビジネスから業態変革することは至難の業だ。
今回の「紙の復権」に関する講演をヒントに私なりに復権の方法を考えた。ひとつは、紙に対するあらぬ誤解の払拭だ。この誤解がいかにひどいかはISO14001などの環境規格をとろうとしたらすぐわかる。まず環境コンサルタントと称する人が開口一番、印刷屋に向かって「紙を減らしましょう」なのだから。紙を使うことは森林を破壊し、大量の廃棄物を産み出す悪の産業だと言わんばかりなのだ。はたしてわれわれは必要悪としてやむなく紙の本を作っているのだろうか。これはない。
紙だけが悪者でないのは実際の統計を見て欲しい。つけっぱなしのサーバーの方がよほど電気を食う。森林が破壊されるというのも誤解である。実際に伐採された木のうちパルプになるのは10%程度だし、紙はリサイクル比率が非常に高い。また製紙会社は積極的な植林活動を通じて森の育成も行ってきている。
次に紙の魅力の再発見である。紙は五感をフルに刺激する媒体でもある。電子書籍は視覚と一部音声だけが頼りだが、紙は「紙の手触り」「インキの匂い」など視覚聴覚以外の要素に訴えることが可能だ。真新しい教科書の「インキの匂い」は幾多の文学作品で新学期の清新なイメージとして語り継がれているではないか。「味」はいまのところ提供できていないが、紙に味の要素を加え、舐めて楽しむ本というのもこれからの技術だとできなくはない。五感を使わせる広告媒体として、紙はまだまだ可能性がある。
そして今「紙の復権」になくてならないのはデジタルとの共同である。いくら、紙の利点を述べたとしてもインターネットの検索性や速報性に紙は逆立ちしたって適わない。もはやデジタルの時代が紙の時代へと逆戻りすることはない。デジタルはまだこれから発展を続けていくことだろうし、情報伝達の多くの部分をインターネットネットや電子書籍などのデジタル機器が担っていくことになるのはこれはもう否定することはできない。ただ、デジタルにはデジタルの良さがあるように、紙には紙の良さがある。先にも述べたように五感をフルに行かせる媒体としての紙はインターネットには真似できまい。ネットと紙を場合に応じて使い分けるというのは今までもよく言われてきた。しかし両者を使い分けるのではなく共同すればさらに発展が望めるのではないか。AR技術などはそのひとつとして注目されているが、そんな大げさなことを考えなくても、地道に上製本を作り込み、インターネットで売りさばき、SNSで営業活動を行うということだっていいと思う。
紙の本とデジタル媒体の最大の差は影響する時間の長さだ。ツイッターはつぶやいて1時間、フェイスブックは1日、ブログでも1週間たてば、もう反響はほとんどなくなる。ところが、本は1ヶ月目からが勝負、1年、2年と反響が続き、グーテンベルグらのインキュナブラが実証しているように500年間影響を持ち続ける。反面デジタルの伝播力は紙に比べ猛烈に速い。紙は追いつけない。
伝播速度と情報の持続、この特性に応じてデジタルと紙を組み合わせることに新たなビジネスチャンスがありそうだ。そここそが「紙の復権」のスイートスポット。どうやってデジタルと紙を組み合わせるのかを問うことこそ、これからの印刷人の勝負どころだ。
「紙の復権」、それは青い鳥のようにはるか遠いところでなく、すぐ近くにいるのかもしれない。

